生物?環境

CHANGEMAKERS #09 藻類研究から広がる環境へのアクション ベイリッツ亜里咲マリー さん(生物学学位プログラム(博士前期課程)2年次)

#009

藻類研究から広がる環境へのアクション

ベイリッツ亜里咲マリーさん

理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 生物学学位プログラム(博士前期課程)2年次
ベイリッツ亜里咲マリー さん

PROFILE

2002年生まれアメリカ育ち

2020年365体育投注生命環境学群生物学類に入学し、植物の体の仕組みや生物多様性について学ぶ。その後理工情報生命学術院生命地球科学研究群に進学し、生命環境系の蓑田 歩 助教のもとで現在藻類のストレス耐性についての修士論文執筆に励んでいる。

 藻類の研究に取り組みながら、大学の内外で環境や社会の課題に向き合ってきたベイリッツさん。研究室の中だけにとどまらず、学生としての立場を活かして、さまざまな環境問題に関する実践の場に飛び込んできました。その原動力や将来の展望についてお話を伺いました。
Q ベイリッツさんは学内でさまざまな活動に参加されていますよね。それでは、まず今大学院でどのような研究をしているのか教えてください。
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(実際に実験で使用する藻類)

 藻類の光合成について研究しています。環境ストレス下で藻が「光エネルギーの獲得」と「エネルギーの消費」をどのように調整しているかを調べることで、光合成の仕組みを解明しようとしています。実験が思うように進まないこともありますが、藻類は非常に多様で、未解明の点が多いからこそやりがいがあります。

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(実験に使用している藻類の顕微鏡写真)

藻類は環境問題の解決に大きな可能性を秘めています。例えば、藻は排気ガス中のCO?や排水中の窒素?リンなどを栄養として利用して育つことができます。育った藻から得られる成分は、バイオプラスチック?飼料?食品などの原料として利用できるため、「廃棄物を資源として循環させる社会づくり」に役立ちます。また、一部の藻類は化石燃料に似たオイルを生成します。これを燃料として使うと、燃焼時にCO?を排出しても、もともと藻が成長過程でCO?を吸収しているため、全体として大気中のCO?の増加が少ない「低炭素」なエネルギー源になります。

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(実験中のベイリッツさん)

さらに、日本の海には豊かな「藻場(もば)」と呼ばれる、海藻や海草が群生する場所が広がっています。藻場は海の森のようにCO?を吸収する重要な生態系です。日本は世界で初めて温室効果ガス算定において藻類による吸収量を含めることを発表しました。温室効果ガス算定とは、各国が毎年、どれだけのCO?を排出し、森林や海などの自然がどれだけCO?を吸収しているかを国連に報告する仕組みのことです。その中に藻場による吸収量を含めたというのは、日本の海の生態系が地球温暖化の抑制に果たす役割を国際的に発信したという点で意義があります。今年の大阪?関西万博でも、藻類をテーマにした展示が行われるなど、世界的な関心が高まっています。

Q 藻が環境問題の解決に役立つというのは驚きました。ということは、いつものお味噌汁の中の海藻も環境問題に役立つ可能性があるということですか...!?

 そうかもしれません!(笑)

Q そもそもSDGsや藻に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 高校生の頃から環境問題に興味があったのですが、具体的に何をするかまでは決めかねていました。その時期に、母の実家である佐賀県に帰省するタイミングがあり、地元のバスで地元企業の広告を見かけました。佐賀産の藻から作ったバイオ燃料で飛行機を飛ばそうという内容で、面白そうだと感じ、藻について調べるようになりました。

Q 興味のきっかけは身近にあったのですね。藻の研究を365体育投注でやろうと思ったのはなぜですか?

 佐賀市などが主体になって進められていた藻類バイオマス事業に365体育投注が関わっていることを知り、最先端の藻類研究に触れられると思いました。入学直後には365体育投注が主催団体の一つとして関わった「国際応用藻類学会」にも参加し、国内外の研究者や企業が藻の実用化に向けて取り組んでいる姿を見て、藻類への期待が高まりました。

Q 藻の研究を続けながら学内ではDESIGN THE FUTURE機構(DTF機構)と共同でSDGsの活動をされていると伺いました。
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(学食で提供された環境負荷が少ないメニュー)

 「学食メニューのCO2見える化プロジェクト」ですね。SDGsをテーマとしたプロジェクトに興味のある学生がDTF機構や学食業者と共同で実施しました。学内2つの学食において、メニューのカーボンフットプリントの表示とミートフリーメニューの提供を行いました。学食で提供されるメニューの、原材料の生産から調理されるまでに発生するCO2排出量(カーボンフットプリント)を表示し、どのメニューを選択するかによって環境負荷の大きさが変わってくるということを可視化しました。また、動物性食品を使わない大豆ミートのカレーやコロッケといった、ミートフリーメニューを学食で提供しました。肉などの動物性食品は生産過程で多くの温室効果ガスを排出するため、動物性食品を使わないミートフリーメニューを提供することで、CO2削減につなげることが狙いでした。これらの取り組みを通じて、学食利用者のCO2削減への意識の醸成や行動変容も図りました。

 この活動を始めたきっかけは、「データに基づいた、効果の高い気候変動対策を広めたい」と思ったことです。食料の生産?流通?消費?廃棄で発生する温室効果ガスの量は、世界の温室効果ガス排出量の約3割を占めており、食事内容の改善、特に動物性食品の消費を減らすことが最も効果的な対策の一つだと世界資源研究所(WRI)も報告しています。

 最初は「コストが高い」「需要が少ない」との懸念の声もありましたが、留学生や宗教的制限を持つ学生にも需要があることをアンケートで示し、導入に協力していただけました。その後DTF機構にもつながり、本格的なプロジェクトとして展開できました。

Q 学生?教職員の間でも話題になった取り組みでしたね。私は大豆ミートが気になってそのプロジェクト実施期間中に学食に行き、大豆ミートと普通のお肉のハンバーグの食べ比べをしました。大豆ミートは食感もお肉に近く、ハンバーグのソースをかけて食べたら「これならいける!」と思いました。

 ヴィーガンの食事は「物足りない」「淡白」というイメージを持たれがちですが、初めて食べた友人からも「満足感があって美味しかった」と言ってもらえました。私自身、普段の食事は豆腐や納豆など植物性の食材が中心なのですが、プロジェクト期間中はいろいろなヴィーガンメニューを試すことができました。大豆ミートを使うと料理の幅が広がり、食事をより楽しめると感じました。

Q ベイリッツさんは他にも学内でSDGs関連の取り組みをされていますよね?

 はい。365体育投注のホームゲーム「TSUKUBA LIVE!」にサステナビリティ要素を取り入れる取り組みも行いました。

Q 「TSUKUBA LIVE!」といえば、学内で大学スポーツの試合を観戦できる学内外から人気のイベントですよね。これとSDGsはどのように関連するのですか?
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(「TSUKUBA LIVE!」で行った古着回収企画)

 スポーツイベントは、観客の車での移動や会場の空調照明、空き缶やペットボトルなどのゴミに代表されるように環境に大きな負荷がかかります。一方でイベントや選手の持つ影響力は非常に大きいです。そこに着目し、この取り組みでは来場者の意識変革と環境負荷の低減を狙い、ミートフリーメニューの提供やパンフレットへのFSC認証紙(違法伐採を避け、自然環境や野生動物の生息地を守りながら、地域の人々の権利や雇用にも配慮して生産された紙。FSCとはForest Stewardship Council、森林管理協議会の略)の採用を進めています。また地域企業と連携し、公共交通機関の利用やマイボトル持参、ゴミを分別して捨てるといったエコアクションに参加してくれた観客には地域通貨の配布なども実施しています。更に、選手に協力してもらい、SNSなどでの試合前後にサステナビリティへの意識を広げるような発信も行っています。世界ではスポーツを通じてのサステナビリティといった潮流が加速しており、日本での大学発の事例を365体育投注から発信することを目指しています。

Q ベイリッツさんの行動力に驚かされますね
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(「Echo UT」で地域のごみ拾いを行った)

 藻類などの基礎研究をしていく中で、環境問題に対して今すぐアクションを起こすことが必要だと強く感じるようになりました。学生という立場を最大限に利用して何ができるかということを考え、先程のようなプロジェクトに参加するだけでなく、学内の環境活動団体「Echo UT」の代表を務めたりもしました。約20名の多国籍メンバーとともに、多様な視点から環境課題に取り組んでいます。

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(「ヴィーガンクックブック」内のレシピ)

 具体的には、ヴィーガン料理に馴染みのない学生にもヴィーガン料理の魅力を知ってもらいたいと思い、学生が気軽に取り入れられるレシピを紹介する「ヴィーガンクックブック」を作成したり、キャンパス周辺でのゴミ拾い活動を行ったり、他大学で環境活動を行う学生とのネットワーキングイベントを開催したりしています。それぞれの活動を通じて、楽しみながら環境への意識を広げることを大切にしています。

Q それでは、最後に今後挑戦したいことを教えてください。

 企業や生活者が自然保全に参画できる仕組みづくりをしたいと考えています。先日、大学院の授業の一環で佐渡島や白山など自然と人が共生する地域を訪れたのですが、自然が水や食料、安定した生活基盤を支える「社会のインフラ」であるにもかかわらず、対価が十分に支払われていない現状に危機感を抱きました。たとえば、環境に配慮した農業を行っても、その価値を価格に反映できない農家が多くいます。

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(佐渡島にてトキのパネルで記念撮影)

 一方で、最近は企業が「自分たちのビジネスがどれだけ自然に支えられ、また自然に影響しているか」を公開することが求められるようになり、その情報は投資家や取引先、お客様も見るため、企業にとって重要な指標になっています。こうした流れを受けて、企業は今まで当たり前のように利用してきた自然を、これからは大切にしながら使う必要があると考えるようになっています。たとえば大手の食品会社では、自社の活動が自然にどれだけ依存、そして影響しているかを明らかにし、仕入れ先である農家と協力して環境に負担の少ない農業を広げていく動きが生まれています。農家が生態系を守りながら生産を続けられるよう、技術や資金面のサポートを行ったり、環境に配慮した農産物を継続的に買い取る仕組みづくりを進めたりしています。将来的には、こうした国際的な動向を踏まえて、企業や自然と向き合う地域が自然と共に持続的に成長していくための戦略づくりにも関わっていきたいです。また、日本の生物多様性の保全の在り方を海外に発信して、東南アジアのような日本と似たような気候や生態系がある場所で役立つ仕事がしたいです。

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(佐渡島から新潟港へ向かうフェリーの上からの景色)
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(実習で訪れた白山で外来種除去のボランティア活動に参加)
Q これからのベイリッツさんの活躍が楽しみです。ありがとうございました。

[聞き手 広報局職員]