テクノロジー?材料

TSUKUBA FUTURE #129:超分子が開く新世界

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数理物質系 中村 貴志 助教

 「超分子」という言葉をご存じでしょうか。複数の分子が緩やかな力で引き合い、特定の機能や構造を持つようになった集合体のことを言います。実は、私たちの体を構成するタンパク質も、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンも、そして遺伝情報を担うDNAも、すべて超分子なのです。超分子の概念を提唱したフランスの化学者、ジャン=マリー?レーン博士は1987年にノーベル化学賞を受賞しています。

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中村さんが開発した人工超分子は、シクロデキストリン(緑色)が水分子(球体で表示)と一緒になってリン酸イオン(中央の濃いピンク色)を捕まえる。

 「化学者であるからには、いずれ、生体内で働く複雑なタンパク質のような物質を一から人工的に作ってみたい」。そう語る中村さんは、超分子をベースにした新たな機能性材料の開発に取り組んでいます。昨年は、シクロデキストリンという環状の有機化合物をベースにして開発した人工超分子を使い、水中のリン酸を選択的に捕まえることに成功しました。生体内や身近な環境には水が必ず存在しているため、水の中で特定の分子を認識して捕まえる技術は、医薬品開発や環境科学などの分野で重要なテーマとなっていました。

 さて、分子同士を結びつけて超分子を作る力(分子間力と言います)の中でも代表的なのが水素結合です。例えば、DNAの二重らせんも、2本の長い高分子が水素結合によって絡み合うことでできています。水分子(H2O)を例に、中村さんの研究のキーワードの一つでもある水素結合の仕組みを紹介しましょう。

 水分子は水素原子2個と酸素原子1個が共有結合してできています。この結合は水素と酸素が互いの電子を持ち合うとても強い結合です。この時、水素原子の電子は酸素原子の方に引き寄せられ、水分子中の水素はプラス、酸素はマイナスの電気を帯びます。これを分極と言います。分極の結果、水分子中の水素はお隣りの水分子の酸素と電気的な力で引き合い、緩やかに結びつくようになります。これが水素結合で、水素と窒素が共有結合したアンモニア(NH3)分子などでも同様の現象が起きます。水素結合は共有結合の10分の1程度の強さしかありません。だからこそ、DNAの2重らせんが容易にくっついたり、離れたりできるわけです。

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さまざまな分析装置が並ぶ中村さんの研究室。
自らのデスクもすぐ近くにあり、
学生たちとも気軽に話せる環境だ。

 先ほど、中村さんたちが水の中で特定の分子を認識して捕まえる技術を開発したことを紹介しました。その際に活用したのも水素結合でした。

 実はこれ、画期的な成果でした。水中では、捕まえたい分子の水素結合部位と水分子の水素結合部位が競合します。このため、水素結合によって水中で特定の物質を捕まえることは難しかったのです。中村さんたちはこの難題を、シクロデキストリンにアミド基(-CO-NH-)という化学構造をたくさん付け加えることで解決しました。

 アミド基には水素結合をもたらす水素、窒素、酸素の各原子が含まれています。アミド基部分が水分子ともリン酸イオンとも水素結合することで、リン酸イオンを選択的に捕まえられるようになったのです。リン酸は細胞にエネルギーを供給するアデノシン三リン酸(ATP)やDNAなどにも含まれる構造で、生命活動にも関係しています。今回の技術が活躍する舞台は広いと言えそうです。

 中村さんたちは金属を含む環状の超分子の研究にも取り組んできました。環状分子は孔の中に分子を取り込むことができるのですが、大きな環を作ることは難しく、孔の大きさも限られていました。中村さんたちは、六角形をした巨大な有機化合物を開発し、hexapapと名付けました。複数の金属イオンと結合したhexapapは、特定の有機化合物を選択的に捕まえる機能を持つようになります。中村さんたちは今後、この機能を触媒として活用し、生物由来のバイオマス資源をファインケミカル(医薬品など複雑な構造を持つ化学製品)などに直接変換する研究にも取り組んでいく予定です。

 「実験に成功しても、失敗しても、その結果を世界で初めて知るのは、実験をセットした自分自身。その感動を日々、研究室の学生さんたちと一緒に味わっていきたい。そして、超分子をより多くに人々に知ってもらいたい」と語る中村さんの研究室は、常に活気に満ちています。

(文責?サイエンスコミュニケーター)